社会的治癒とは

社会的治癒とは何ですか?

社会的治癒(しゃかいてきちゆ)とは、医学的に病気が完治していなくても、症状が落ち着いて治療や投薬の必要がない状態が一定期間続いた場合に、「その病気は治癒したものとみなす」という社会保険上の考え方です。

簡単に言えば、「医師から完全に治ったと言われていなくても、社会生活に支障がないくらい回復していれば治ったものと扱いましょう」というルールです。

これは障害年金など社会保険制度で特有の概念であり、元々は本人を救済するために考え出されたものです。

医学的治癒(医師の判断による完治)とは異なり、社会的治癒は法律上明確な定義がなく過去の判例や運用上で認められてきた概念になります。

社会的治癒が認められると、それまでの病気は一度「治った」ものと扱われ、後に同じ病気が再発しても新たな病気として取り扱うことになります。

たとえば以前に発症した病気が長期間落ち着いていて、その後再び症状が悪化した場合、最初の病気は社会的に「治癒」し、その後に「再発した」とみなせるのです。

この結果、障害年金制度においては再発後に初めて医療機関を受診した日が新たな初診日になります。

つまり社会的治癒が認められると、障害年金上で扱われる初診日(※障害の原因となった傷病について最初に医師の診療を受けた日)の日時点が変更されるのです。

「社会的治癒」を主張する意味

障害年金における初診日はとても重要な意味を持ちます。

障害年金を受け取るための支給要件には「初診日」「保険料納付状況」「障害の程度」の3つがありますが、初診日はそのすべてに関係すると言われます。

たとえば初診日にどの年金制度に加入していたかによって、受けられる障害年金の種類が変わります。

初診日時点で会社員等として厚生年金に加入していれば「障害厚生年金」の対象になり(1級〜3級まで等級あり)、自営業・学生など国民年金加入者であれば「障害基礎年金」の対象になります(等級は1級か2級のみ)。

また、初診日がいつかによって保険料の納付要件(一定期間、国民年金保険料を納めていること)を満たせるかどうかも決まります。

このように初診日は障害年金の受給可否や年金種別・等級に直結する重要事項ですが、一度決まった初診日を自分の都合で後から変えることは原則できません

しかし、その人に過去の傷病があっても長期間症状がなく社会復帰できていた場合には「社会的治癒」が認められ、例外的に初診日が後ろに変更されることがあります

これは本人にとって不利益を避けるための救済措置です。社会的治癒が認められることで初診日が変われば、次のようなメリットが得られる場合があります。

  • 保険料納付要件を満たせる可能性:従来の初診日では保険料納付要件を満たせず年金を受け取れない場合でも、社会的治癒後の新たな初診日により要件クリアできることがあります。
  • 年金種別の有利な変更:従来の初診日が国民年金加入中だった場合でも、社会的治癒により初診日を厚生年金加入期間中に変更できれば、障害厚生年金として請求できるようになります。厚生年金なら3級まで認定可能ですが、基礎年金のみだと2級までのため、より広い等級・加算の対象になります。
  • 初診日の証明が容易になる:最初の初診日が古すぎてカルテが破棄され証明困難な場合でも、社会的治癒後の新たな初診日(最近の受診日)を使うことで初診日を証明できるケースがあります。

以上のように、社会的治癒を主張することで障害年金請求者に有利になる状況が生まれるのです。

特に「昔に一度発病したがその後長く問題なく過ごせた後に再発した」という方は、社会的治癒を検討する価値があります。

ポイント

社会的治癒は、請求者本人が主張し、その内容と資料に基づいて日本年金機構等が認定するのが基本です。
審査側が職権で社会的治癒を検討することもゼロではありませんが、こちらから何も主張しなければ、原則どおり最初の初診日がそのまま適用されると考えておいた方が安全です。

社会的治癒が認められるための条件

医学的治癒(医師の判断による完治)とは異なり、社会的治癒は年金法の条文に明文の規定はありませんが、過去の裁決例や行政資料で「医療を行う必要がなく、社会復帰している状態」として扱われてきた概念です。

そのため明確な基準が定められているわけではありませんが、一般的に以下の3つの条件を満たす必要があると言われています。

【条件1】治療の必要がない状態が続いていた

治療の必要がない状態が続いていた

症状が安定・寛解し、通院や服薬など治療を行う必要がない状態が続いていたこと。

※医師の指示による経過観察や予防的な通院程度であれば、この「治療の必要がない」に含めて認められる場合もあります。

重要なのは積極的な治療(手術や投薬等)が不要なほど症状が落ち着いていたかどうかです。

【条件2】社会生活に支障がない状態が続いていた

社会生活に支障がない状態が続いていた

病気の症状によって日常生活や仕事が妨げられることなく、通常の社会生活を送れていたこと。

例えばフルタイムで就労できていた、家事・育児を問題なくこなせていた、学校に通えていた等、客観的に見て普段どおりの生活ができていたことを指します。

症状が外見上も落ち着いており、本人も周囲の人も「治ったように見える」状態であることが重要です。

【条件3】相当の期間が経過している

相当の期間が経過している

「治療の必要がない状態」と「社会生活に支障がない状態」が長期間にわたって継続していること。

明確な期間の定義はありませんが、判例・裁決例や実務上の運用から、「おおむね5年以上」など一定の目安が語られています。

もっとも、5年未満でも社会的治癒と判断された例もあれば、5年以上あっても認められない例もあり、あくまで目安に過ぎません。

特に精神障害の場合は5年以上の寛解期間が必要とされる傾向があります。

病気の種類によって必要とされる期間は異なります。

例えばがんの寛解や精神疾患の回復では比較的長めの無症状期間が求められる傾向があります。

ケースバイケースですが、「数か月~1年程度」では不十分で、少なくとも数年単位の安定期間が必要と考えておいた方が良いでしょう。

上記の3点を総合的に満たしていれば、「医学的には完全に治ったと言えなくても、一度治癒したとみなして差し支えない状態だ」と判断され、社会的治癒が成立し得ます。

逆に言えば、ただ単に通院をやめて一定期間が経過しただけでは社会的治癒とは認められません

本来は治療が必要なのに自己判断や経済的事情で通院・服薬を中断していただけの場合は該当しないので注意が必要です。

また、「5年経てば必ず社会的治癒になる」というものでもありません。

先述の通り明確な基準は無く、各人の病状や社会復帰状況に応じて個別に判断されています。

例えば精神疾患の場合は症状のぶり返しが見えにくいため、社会的治癒を認めるハードルが高く詳細な状況説明が求められることが多いと言われます。

重要なのは第三者が見ても「問題なく社会生活を営めていた」と評価できるだけの安定期間と状況証拠があることです。

社会的治癒を証明するための資料

社会的治癒を証明するための資料

社会的治癒を主張する場合、その状態に該当することを客観的に証明する資料をできる限り揃える必要があります。

具体的には以下のような書類や証拠が有効です。

【証明資料1】医師の診断書

主治医に事情を説明し、過去に症状が寛解して治療の必要がない期間があったことを診断書に明記してもらいます。

例えば「〇年~〇年の間は症状が安定し、通院・投薬の必要がなかった」などの記載があると有力です。

【証明資料2】勤務記録・収入の証明

長期間フルタイムで働けていたことは重要な証拠です。

会社員であれば給与明細や賞与(ボーナス)支給の記録、昇給履歴などが役立ちます。

実際、一定期間厚生年金に加入しており、その間の標準報酬月額の記録(昇給や賞与の履歴)があれば社会的治癒が認められるケースが多くあります。

自営業・学生の場合は、仕事の実績(納税証明や売上記録)、在学証明や資格取得証明など「社会的に活動できていた」ことを示す資料を用意します。

【証明資料3】日常生活・活動状況を示す証拠

仕事以外でも普段の生活で支障がなかったことを示すため、趣味や家庭生活での活動記録も有用です。

例えば、旅行に行った際の写真、スポーツや趣味の集まりに参加している写真・記録、地域ボランティア活動の証明などがあります。

実際に過去の認定例では、「家族で大型テーマパークへ旅行に行った」「海外旅行に何度も行った」「登山をしていた」「難関資格に合格した」「本を出版した」等の事実が社会生活を問題なく送れていた根拠として挙げられています。

それらに関する写真や合格証書のコピー、出版した書籍のレビュー記事などを提出したところ、社会的治癒が認められたケースもあります。

【証明資料4】年金加入記録等

国民年金から厚生年金への加入状況の変遷や期間も確認されます。

新たな初診日に対応する年金種別(国民年金か厚生年金か)を明らかにするため、年金加入記録や被保険者記録照会回答票なども用意しましょう。

これらの資料を総合して、「○年~○年は治療なしで通常生活を送れていた」ことを第三者にも分かる形で示すことがポイントです。

特に就労状況は重視される傾向があり、長期間フルタイムで働けていた事実は社会的治癒を裏付ける有力な材料になります。

一方で、全く働いていない場合や短時間のアルバイトのみの場合でも、学校への通学、家事・育児、地域活動などを通じて「通常の社会生活を継続できていた」と評価できる事情があれば、他の資料とあわせて社会的治癒が認められる余地はあります。

したがって可能な範囲で多角的な証拠を集め、「誰が見てもその期間は症状が安定し社会復帰できていた」と裏付ける準備が必要です。

社会的治癒が認められた実例

実際に社会的治癒が認められ、障害年金を受給できたケースをいくつかご紹介します。

これらは一例ですが、具体的なイメージを掴む参考になるでしょう。

【事例1】心疾患で20年間症状がなく生活できていた例

中学生のときに心疾患(完全房室ブロック)を指摘され経過観察していましたが、自覚症状もなく治療の指示もなかったため高校卒業時に通院を中断。

その後は正社員として就職し、健康診断でも異常指摘なく問題なく働けていました。

結婚して家事・育児もこなし、約20年にわたり日常生活に支障なく過ごしていたのです。

ところが37歳の頃に突然症状が再発し受診、ペースメーカーを装着する事態になりました。

通常であれば初診日は中学時代(20歳前傷病に該当する時期)となりますが、20歳前傷病による障害基礎年金には3級がないため、本来は年金不支給となるケースでした。(※20歳前傷病に関しましては『20歳前障害年金とは』のページで詳しくご説明していますので、ご参照下さい。)

しかし、この方の場合は20年に及ぶ社会的治癒が認められ、初診日が再発後(厚生年金に加入してから)の受診日に変更されました。

その結果、障害厚生年金3級として年金が支給決定され、経済的な安心を得ることができています。

この事例では客観的な証拠資料(勤務証明など)はありませんでしたが、申立書に詳細な就労・生活状況を記載したことで社会的治癒が認められました。

心疾患のケースでは比較的長期間問題なく勤務していた事実自体が強い証拠となり、社会的治癒が認定されたと言えます。

【事例989】完全房室ブロック|障害厚生年金3級(社会的治癒が認められた事例)

対象者の基本データ 病名 完全房室ブロック 性別 女性 支給額   障害の状態 ペースメーカーを装着 身体障害者手帳4級 フルタイムで就労している 申請結果 障害厚生年…

【事例2】うつ病で15年間寛解し再発した例

20年程前、家庭内の問題で不眠症状が出現しました。

A病院を受診し、半年程治療を継続することで症状は改善し、通院を中断しました。

その後、約15年程の長期間に渡って自覚症状もなく、日常生活にも仕事にも何ら支障なく過ごせていました。

安定した生活が続いていましたが、職場で業務内容が変わったことを契機に仕事に対して大きなストレスを感じるようになり、耳鳴りや動悸、眩暈等の症状が現れ始めました。

心因性を疑い、3年前に再びA病院を受診することとなりました。

「適応障害」と診断され、引きこもり傾向は徐々に強まり、仕事の継続は困難なため、退職に至りました。

仕事を退職後、抑うつ症状は悪化傾向にあり、診断名が「うつ病」に変更されました。

今回のご相談者様の場合、20年前の受信から3年前の受信の間の期間が15年程と長期間あり、当該期間は自覚症状もなく、日常生活も就労にも支障なく過ごせていた為、社会的治癒の法理を用いて、3年前の時点を初診日として申請を進めました。

その結果、社会的治癒が認められて初診日が再発後にリセットされ、この方は障害厚生年金3級(年額約59万円)の支給決定を受けることができました。

さらに遡及(過去分)も認められ、大きな安心に繋がったとのことです。

この方の場合は十分な寛解期間と社会復帰の実績があったため認められましたが、常に同様にうまくいくとは限らない点に注意が必要です。

【事例963】うつ病|障害厚生年金3級

うつ病で障害年金を申請される場合の注意点などは『【社労士が解説】うつ病で障害年金を申請するポイント』でも詳しくご説明していますので、是非ご参照ください。  …

社会的治癒を主張する際の注意点

社会的治癒を主張する際の注意点

最後に、社会的治癒を検討・主張するにあたっての注意点をまとめます。

【注意点1】必ずしも認められるとは限らない

社会的治癒は年金法の条文に明文の規定はありませんが、過去の裁決例や行政資料で「医療を行う必要がなく、社会復帰している状態」として扱われてきた概念で、「あくまで一つの救済的取り扱い」に過ぎません。

そのためケースによっては認められないことも多々あります。

特に寛解期間が短かったり、社会復帰の実態が乏しかったりするとハードルは高くなります。

「治療を自己判断でやめて5年経ったから大丈夫だろう」という程度では認められる可能性は低いと考えてください。

また精神疾患の場合などは、客観的資料が揃っていても慎重に判断される傾向があります。

【注意点2】主張には十分な準備が必要

前述の通り、社会的治癒が認められるには客観的な証拠を揃えて説得力のある主張を行う必要があります。

寛解していた期間の就労状況や生活状況を詳細に書類に記載し、医師の協力も得て診断書にその旨を書いてもらうなど、入念な準備が求められます。

第三者から見ても「確かにこの期間は問題なく生活できていたのだな」と分かるような資料を可能な限り提出しましょう。

【注意点3】専門的な判断が必要

社会的治癒の主張は法律の条文に沿った機械的な手続きではなく、過去の事例や審査会の判断に基づくやや専門的な判断になります。

自身で必要書類を集めたり、医師に診断書のポイントを書いてもらうよう依頼したりするのは難しいケースが多いのも実情です。

困ったときは障害年金専門の社会保険労務士(社労士)など専門家に相談し、サポートを受けることを強くおすすめします。

経験豊富な専門家であれば過去の判例や認定基準にも精通していますので、社会的治癒が成立し得るかどうか的確なアドバイスをもらえるでしょう。

まとめ

まとめ

社会的治癒は、一見難しい専門用語ですが、要点をまとめると「症状が長期間落ち着いて普通の生活ができていたら、その病気は一度治ったものとみなして、新たな発症として扱える場合がある」という考え方です。

障害年金の世界では初診日の制約によって本来もらえるはずの年金がもらえないケースがありますが、この社会的治癒の適用により救済される道が開けることがあります。

長い間病気が落ち着いていた方や、初診日の関係で年金を諦めかけている方は、ぜひ一度この制度について専門家に相談してみてください。

社会的治癒を正しく主張できれば、「悩みが解決した」「疑問が解消された」と感じられる結果につながるかもしれません。

困ったときは一人で抱え込まず、専門家の力も借りながら最適な方法を検討していきましょう。

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