知的障害を持つお子さんを育てる親御さんの中には、お子さんの成長を願うからこそ、時には「どう接したらいいんだろう?」「これで合っているのかな?」と悩んだり、孤独を感じたりする方もいらっしゃるのではないでしょうか。
でも、一人で抱え込む必要はありません。
そんな子育ての「困った」を「できた!」に変えるための心強い味方、「ペアレントトレーニング」について、分かりやすくご紹介します。
「ペアレントトレーニング」ってどんなもの?
親子関係を豊かにする学びのプログラム
ペアレントトレーニングは、お子さんとの関わり方を学び、子育ての困りごとやストレスを和らげるための、保護者向けのプログラムです。
略して「ペアトレ」とも呼ばれています。
ペアレントトレーニングの主な目的は、お子さんの行動問題や発達上の困難、社会的・情緒的な問題に対応するために、保護者の方に具体的な接し方や関わり方を教えることです。
子育てにおける日常の困りごとを解消し、お子さんの発達を促進したり、行動を改善したりすることを目指しています。
このプログラムを通じて、保護者はお子さんの行動や障害について正しく理解し、お子さん一人ひとりに合わせた効果的な対応を身につけられるようになります。
また、家庭でも専門家による療育的な指導を実践できるようになることも、大切な目的の一つです。
これにより、お子さんが療育に関わる時間を増やし、その効果をより高めることが期待されます。
お子さんの認知能力、社会的スキル、コミュニケーション能力などの向上も目指されています。
このプログラムは、お子さんの成長を促すだけでなく、親子の関係を改善させ、保護者の日常的なストレスを軽減することにもつながります。
子育ては決して簡単なことではなく、ストレスの原因となってしまうこともあります。
ペアレントトレーニングでは、保護者に対してストレス管理や自己ケアの方法を教えることもあり、お子さんの行動が改善されることで、保護者のストレスも軽減されることが期待されています。
お子さんのことをより深く理解できるようになるため、育児ストレスの緩和につながるのです。
ペアレントトレーニングは1960年代にアメリカで開発され、当初は知的障害や自閉症を持つお子さんがいるご家庭を対象としていました。
現在では、厚生労働省による発達障害者支援策の一つとして位置づけられており 、知的障害を持つお子さんだけでなく、定型発達のお子さんにも有効なスキルが多く含まれているとされています。
このプログラムは、お子さんの行動改善や発達促進に焦点を当てるだけでなく、子育てに奮闘するお母さん自身の心の健康と幸福感を大切にしている点が特徴です。
多くの情報源が「お子さんの行動改善」や「発達促進」を目的として挙げる一方で、「保護者のストレス軽減」や「自信回復」も重要なメリットとして強調されています。
これは、単に「お子さんの問題を解決する」だけでなく、お母さんが育児の喜びを感じ、自分らしくいられるためのサポートも提供する、という考え方に基づいています。
お母さんが「自分も大切にされる」と感じることで、より積極的にプログラムに取り組むことができるでしょう。
行動の「なぜ?」がわかる「応用行動分析(ABA)」の考え方
ペアレントトレーニングの土台となっているのは、「応用行動分析(ABA)」という心理学の理論です。
難しそうに聞こえるかもしれませんが、お子さんの行動の「なぜ?」を理解し、より良い関わり方を見つけるための、とても分かりやすい考え方です。
ABAでは、お子さんの行動を理解するために「ABCフレーム」という考え方を使います。
これは、行動を以下の3つの要素に分けて分析するものです。
- A (Antecedent:先行事象):行動の前に何が起こったか、どんな状況だったか。
- B (Behavior:行動):お子さんが実際にとった行動。
- C (Consequence:後続事象):行動の後に何が起こったか、どんな結果になったか。
このABC分析を通じて、お子さんの行動が「なぜ」起こるのか、その理由や目的を客観的に理解できるようになります。
例えば、おもちゃ売り場で「おもちゃを買って!」と大声を出して暴れるお子さん(B)が、その結果おもちゃを買ってもらえた(C)とします。
すると、お子さんは「大声を出せばおもちゃが手に入る」と学習し、今後も同じ行動を繰り返す可能性が高まります。
これが「強化」の考え方です。
「強化」とは、ある行動の直後に、お子さんにとって好ましい結果(ご褒美や褒め言葉など)が生じると、その行動が繰り返されやすくなる現象を指します。
ペアレントトレーニングでは、この「正の強化」を積極的に活用し、お子さんの良い行動を増やしていきます。
一方、「消去」とは、ある行動の直後に、お子さんにとって好ましい結果が得られないと、その行動が徐々に減少していく現象です。
ABAの療育では、行動を減らすために「罰」を用いることは基本的に推奨されていません。
お子さんの適切でない行動を減らすことをメインの目的とはせず、保護者の方がお子さん自身の持つ困難さを理解し、コミュニケーションを円滑に取れるようになることを目指します。
ペアレントトレーニングがABAを基盤としていることは、単なるテクニックの習得にとどまらない深い意味を持っています。
ABC分析は、お子さんの「困った行動」を単なるわがままや反抗と捉えるのではなく、「その行動には何らかの理由がある」という視点を与えます。
この理解は、お母さんの「なぜうちの子だけ…」「どうして何度言ってもわからないの?」といった感情的な負担を軽減し、冷静で建設的な対応へと導きます。
行動の背景にある「なぜ?」を理解することは、お母さんのフラストレーションを減らし、お子さんへの共感を深める第一歩となるでしょう。
この理解が、感情的な対応から戦略的な対応への転換を促し、育児の質を向上させる土台となります。
また、お子さんはたとえ「否定的注目」であっても、親の注目を欲する場合があります。
大人は子どもの「好ましくない行動」に注目し、「好ましい行動」を見逃しがちになることがあります。
ペアレントトレーニングでは、「好ましい行動」に「肯定的注目(良い結果)」を与えることで、悪循環を断ち、温かみのある関係を築くことを目指します。
お母さんが無意識のうちに「困った行動」に反応してしまうことで、かえってその行動を強化してしまう悪循環があることを示しています。
ペアレントトレーニングは、この無意識のパターンを意識的に「良い行動」に注目し褒めることで断ち切り、親子関係を根本から改善する力を持っています。
お母さんが「困った行動」にばかり目が行きがちなのは自然なことですが、意識的に「良い行動」に焦点を当てることで、お子さんの自己肯定感を育み、親子の絆を深めることができるという、希望に満ちたメッセージを伝えます。
毎日の子育てに役立つ!ペアレントトレーニングの具体的なスキル
ペアレントトレーニングでは、お子さんとの関わり方を学ぶための具体的なスキルを身につけます。
ここでは、知的障害を持つお子さんとの毎日に役立つ、実践的なヒントをご紹介します。
【スキル1】「良いところ」を見つけて、たくさん褒める
ペアレントトレーニングの主軸は、「親は褒め上手に、子供は誉められ上手に」なることです。
お子さんの良い行動に注目し、褒めることで、その行動を増やしていくことができます。
褒めることには、お子さんの成長を促す絶大な効果があります。
お子さんに褒められたと実感してもらうことで、自信につながり、自ら自分を褒められるようになります。
認められていると感じると、他のことでも協力的になり、お子さんの自己肯定感が高まり、新しいことにチャレンジする意欲も向上します。
結果として、叱る場面が減り、褒める場面が増えることで、親子関係が改善されることが期待されます。
具体的な褒め方にはいくつかのコツがあります。
まず、どんなに小さなことでも褒めることが大切です。
結果だけでなく、取り組んだ気持ちも肯定してあげましょう。
例えば、これまで最後まで着替えができなかったお子さんが、「靴に手を伸ばした」「自分で靴下を持ってきた」といった、細かな「できた」を見つけて褒めることが非常に重要です。
お子さんが望ましい行動を始めようとしたり、始めた瞬間に、できるだけ早く、具体的に褒めるのが効果的です。
漠然と「えらいね」と言うのではなく、「おもちゃを箱に入れられたね!すごい!」のように、どの行動が良かったのかを具体的に伝えると、お子さんにも伝わりやすくなります。
お子さんの性格や年齢に合わせた褒め方も大切です。
派手に褒められるのが好きな子もいれば、静かにそっと褒められる方が嬉しい子もいます。
お子さんの反応を見ながら、褒め方を工夫しましょう。
また、お子さんの行動が、お母さんにとってどれだけ助けになったかを伝えることも効果的です。
「着替えてくれて助かったよ、ありがとう!」のように、好ましい行動を言葉に入れて褒めると、お子さんは自分の行動が人に良い影響を与えたことを実感できます。
離れた場所から声をかけるのではなく、お子さんのそばまで行き、視線を合わせて褒めることで、気持ちがより伝わりやすくなります。
そして、「いつもそうしてくれたらいいのに」といった皮肉や批判は、お子さんのやる気を削いでしまうことがありますので、褒める時は純粋に良い行動に焦点を当てることが重要です。
ペアレントトレーニングでは、「行動の25%で褒めるイメージ」という具体的な目安が提示されることがあります。
これは、お子さんが完璧にできるのを待つのではなく、目標行動の25%程度でもできたら褒める、という考え方です。
知的障害を持つお子さんの場合、一つの行動を最後までやり遂げるまでに時間がかかったり、途中で集中が途切れたりすることがよくあります。
この「25%ルール」は、そうしたお子さんにとって、小さな一歩一歩が認められることで自信をつけ、次の行動へとつながる大きなモチベーションになる、非常に実践的なヒントです。
完璧を求めず、お子さんの「ちょっとした頑張り」に目を向け、こまめに褒めることの重要性を伝えます。
これにより、「なかなか褒めるところが見つからない」という悩みを軽減し、お子さんの成功体験を増やす具体的な方法を提供します。
さらに、「褒める」ことは、お子さんの困った行動への対応の土台となります。
不適切な行動への対応は、かえって子どもの不適切な行動を増やしてしまうこともあるため、「褒める」ことをベースにした関わりが定着していることが前提となります。
これは、「褒める」という肯定的注目が、単に良い行動を増やすだけでなく、困った行動を減らすための他の戦略(後述の「計画的な無視」など)が効果を発揮するための絶対的な土台であることを示唆しています。
親子間の信頼関係と肯定的な関わりが十分に築かれていなければ、他の介入は効果が薄いか、逆効果になる可能性すらあります。
したがって、「褒める」ことは、お子さんの行動改善だけでなく、親子の信頼関係を築き、子育て全般をスムーズにするための最も基本的な、そして最も強力なツールであると言えます。
褒め方のポイント | 悪い例 | 良い例 |
具体的に褒める | 「えらいね」「すごいね」 | 「おもちゃを箱に入れられたね!すごい!」「自分から靴下を持ってきたね、早いね!」 |
すぐ褒める | 行動が終わってからしばらく経って褒める | お子さんが行動を始めたらすぐに「お、始めたね!」と声をかける |
気持ちを伝える | 「よくできたね」 | 「着替えてくれて助かったよ、ありがとう!」「お母さん、嬉しいな」 |
視線を合わせる | 離れた場所から声をかける | お子さんの近くに寄り、目線を合わせて優しく声をかける |
小さな努力を認める | 完璧にできないと褒めない | 途中で投げ出さず、少しでも取り組んだら「頑張ってるね!」と励ます |
【スキル2】伝わりやすい「指示」の出し方
お子さんに何かを伝えるとき、「どうしたらもっと伝わるんだろう?」と悩むことはありませんか?
特に知的障害を持つお子さんには、言葉だけでなく、様々な工夫で「伝わりやすさ」を高めることができます。
お子さんに指示を出す際の基本は、「CCQ」と呼ばれる3つの要素です。
- C (Calm:落ち着いて):イライラや怒りといった否定的な感情を抑え、穏やかな態度で接します。
- C (Close:近くに寄り):お子さんのそばまで行き、同じ目の高さで話しかけます。
- Q (Quiet:静かな声で):落ち着いた、静かな声で話します。 落ち着いた態度で静かな声で指示を出すと、お子さんも落ち着いて受け入れやすくなります 12。
知的障害を持つお子さんは、言葉だけの説明を理解するのが難しい場合があります。
そのため、指示を出す際には、より具体的で分かりやすい工夫が必要です。一度に一つの指示を出すことが大切です。
「片付けなさい」のような抽象的な指示ではなく、「赤い箱におもちゃを入れよう」のように、具体的で分かりやすい指示を一度に一つだけ出しましょう。
お子さんが普段使っている言葉を選び、難しい言葉は避けることも重要です。
さらに、「〜しちゃダメ」ではなく、「〜しようね」と肯定的な言葉で伝え、お子さんの発達段階や能力に合った、無理のない実行可能な内容にすることも心がけましょう。
言葉だけでは伝わりにくいお子さんにとって、目で見て分かる「視覚支援」は非常に効果的です。
例えば、「ご飯を食べます」「トイレに行きます」といった具体的な行動を絵カードや写真で見せながら言葉で伝えることで、絵と言葉の指示が少しずつリンクし、理解を深めることができます。
お子さんの好きなおもちゃや場所を撮影してオリジナルカードを作るのも良いでしょう。
朝の準備や一日の流れなど、見通しを立てることが苦手なお子さんには、視覚的なチェックリストやスケジュール表が役立ちます。
できた項目を一つずつ外して「おしまいボックス」に入れると、達成感も得られます。
時間の概念が分かりにくいお子さんには、残り時間が目で見て分かるタイマーアプリなどを活用すると、行動の切り替えがスムーズになります。
お子さんが望ましい行動をしやすいように、周囲の環境を整えることも大切です。
これは、お子さんの行動の「きっかけ(A:先行事象)」に働きかけることにつながります。
お子さんが何か課題に取り組む際、気が散るような刺激を減らしましょう。
例えば、着替えの時にはテレビを消す など、集中しやすい環境を整えることが大切です。
感覚過敏のあるお子さんの場合、音や光、匂いに過敏に反応することがあります。
家では静かで落ち着いた環境を用意し、外出時にはイヤーマフや耳栓、フードなどを活用して、周囲からの刺激を軽減する工夫も有効です。
急な環境の変化は不安を招くことがあるため、事前にルールやきまりごとを説明し、見通しを立てさせてあげることも重要です。
知的障害を持つお子さんの多くは、言葉の理解に困難を抱えています。
このため、口頭での指示だけでは、何を求められているのかが伝わりにくく、お子さんの混乱や不適切な行動につながることがあります。
視覚支援の有効性が強調されているのは、それが言語の壁を越え、お子さんにとって最も理解しやすい形で情報を提供する手段だからです。
絵カードやスケジュールは、抽象的な指示を具体的な行動へと変換し、お子さんが「見通しを持って行動する」ことを可能にします。
視覚支援は、知的障害を持つお子さんとのコミュニケーションにおいて、単なる補助ツールではなく、お子さんの自立と自信を育むための不可欠な「翻訳ツール」であると言えます。
これにより、お母さんは「どう伝えたらいいか分からない」という悩みを解消し、より効果的な関わり方ができるようになります。
「Calm(落ち着いて)、Close(近くに寄り)、Quiet(静かな声で)」というCCQの原則は、指示の内容だけでなく、その「伝え方」に焦点を当てています。
お子さんは、親の感情や態度に敏感です。特に知的障害を持つお子さんは、言葉の理解が難しいため、非言語的な情報(声のトーン、表情、距離)から多くの情報を読み取ります。
穏やかで、近くで、静かな声で話しかけることは、お子さんに安心感を与え、指示を受け入れやすい心の状態を作り出す「心の安全基地」のような役割を果たします。
これは、お子さんの行動変容だけでなく、親子の信頼関係を深める上で非常に重要です。
CCQの原則は、お母さんが感情的になりがちな状況でも、冷静さを保ち、お子さんとの間にポジティブな雰囲気を作り出すための具体的な指針となります。
これにより、お子さんは安心して指示を受け入れ、お母さんも育児のストレスを軽減できるでしょう。
指示のポイント | 悪い例 | 良い例 | 知的障害を持つお子さんへの配慮 |
CCQの原則 | 遠くから大声で「早くしなさい!」と怒鳴る | お子さんの近くに寄り、目線を合わせて穏やかな声で「〇〇しようね」 12 | 落ち着いた環境で、お子さんの注意を引いてから話しかける 13 |
具体的・簡潔に | 「ちゃんとしなさい」「片付けなさい」 | 「赤い箱におもちゃを入れようね」「靴を履こうね」 12 | 絵カードや写真で行動を視覚的に示す 15 |
一度に一つ | 「おもちゃを片付けて、歯を磨いて、パジャマに着替えてね」 | 「まず、おもちゃを赤い箱に入れようね」→できたら次へ 12 | 視覚的なチェックリストで手順を示す 12 |
肯定的な言葉 | 「〜しちゃダメ」「〜するな」 | 「〜しようね」「〜できるかな」 12 | 「〜したら、〜できるよ」とご褒美と結びつける 16 |
見通しを示す | 「あとでね」 | 「あと5分でご飯だよ」「これが終わったら休憩しようね」 16 | タイマーや視覚スケジュールで時間や流れを示す 11 |
【スキル3】困った行動への向き合い方
お子さんの「困った行動」に、つい感情的に反応してしまうことはありませんか?
ペアレントトレーニングでは、行動を客観的に捉え、冷静に対応するための方法を学びます。
お子さんの行動を、以下の3つのタイプに分けて考えることで、対応の仕方が明確になります。
- 好ましい行動(増やしたい行動): もっと目にしてほしい、お子さんが自ら進んで行うような行動。
- 好ましくない行動(減らしたい行動): 目にするのを減らしたいが、すぐに危険ではない行動。
- 許しがたい行動(危険な行動): 人や自分を傷つける、物を破壊する、指示に従わないなど、すぐに止めたい危険な行動。
「計画的な無視」は、好ましくない行動への対応として用いられます。
「無視」という言葉に抵抗を感じるかもしれませんが、これはお子さんの存在を無視することではありません。
お子さんの「不適切な行動に反応しないこと」を意味します。
お子さんが好ましくない行動をしている間は、感情的にならず、注目を与えずに「待つ」ことです。
これは「褒めるために待つ」とも表現されます。
実践のポイントとしては、眉間にしわを寄せたり、ため息をついたりせず、表面上は感情をまったく示さないことが重要です。
無視を始めたら、徹底してやり抜くことが重要です。徹底しない無視は、かえってその行動を増やしてしまうことがあります。
そして、好ましくない行動が止まったら、すぐに、そして具体的に褒めることが大切です。
少しでも好ましい行動や、別の行動が見られたら、すかさず褒めましょう。
この対応は、日頃から「褒める」関わりが十分にできている場合に効果を発揮します。
不適切な行動への対応ばかりが目立つと、かえってその行動が増えてしまう可能性があるため、「褒める」という基本的な関わり方を確立するのが大切です。
「無視」という言葉は、親にとってネグレクト(育児放棄)を連想させ、強い抵抗感や罪悪感を生む可能性があります。
しかし、ペアレントトレーニングにおける「無視」は、「子どもの存在を無視するのではなく、好ましくない行動にのみ注目を外すこと」であり、「褒めるために待つ」行為であると強調されています。
これは、お子さんの「困った行動」が、親の注目(たとえそれが叱責であっても)によって無意識に強化されているというABAの原理に基づいており、非常に戦略的で愛情深い介入です。
お子さんの自尊心を傷つけずに、望ましい行動へと導くための重要なスキルです。
この説明により、「無視」という言葉の誤解を丁寧に解き、それがお子さんの成長を願う親の積極的な関わり方であることを明確に伝えます。
これにより、親が安心してこのスキルを実践できるよう後押しします。
お子さんが自分や他人を傷つける、物を壊すなど、危険で許しがたい行動をした場合には、冷静に、かつ毅然とした態度で対応します。
これには4段階のアプローチがあります。
- 警告: やめてほしいことや、代わりにやってほしいことを明確に、簡潔に伝えます。
- ペナルティ: お子さんの好きなものや活動を一時的に制限します。事前に制限する時間を決めておくことが大事です。
- タイムアウト: お子さんが頭を冷やすための時間を設けます。静かな場所で一人にするのが基本で、ひとり遊びなどはさせません。時間は年齢に応じて調整し、幼児で5分程度が目安です。タイムアウト前後には、怒鳴ったり長々と説教したりすることは避けましょう。
- 家族会議: お子さんの状況や家庭の方針に応じて、お子さんに応じたルールを取り決めるための話し合いを行うこともあります。
行動を「好ましい」「好ましくない」「許しがたい」の3タイプに分類することは、親が感情的になりがちな状況で、冷静かつ適切な対応を選択するための明確な指針となります。
例えば、単なる「好ましくない行動」に感情的に怒鳴るのではなく、「計画的な無視」を適用し、一方で「許しがたい行動」には毅然とした警告やタイムアウトを用いるというように、行動の性質に応じたメリハリのある対応が可能になります。
これは、親のストレス軽減にも直結します。この分類法は、親が状況を客観的に分析し、感情に流されずに効果的な戦略を選ぶための「羅針盤」となることを示します。
これにより、親は「どうすればいいか分からない」という混乱から解放され、自信を持って対応できるようになります。
行動のタイプ | 具体例 | 対応の基本 | ポイント |
好ましい行動 | ・自分から着替えを始めた ・おもちゃを片付けた ・あいさつができた | たくさん褒める | ・すぐに、具体的に褒める<br> ・小さな努力も認める ・視線を合わせて近くで褒める ・「助かったよ」「ありがとう」と伝える |
好ましくない行動 | ・食事中に席を立つ ・返事をしない ・兄弟にちょっかいを出す | 計画的な無視 | ・行動に注目せず、感情的に反応しない ・お子さんの存在を無視するわけではない ・好ましい行動が出たらすぐに褒める ・一貫して続けることが大切 |
許しがたい行動 | ・人を叩く、噛む ・物を壊す ・危険な場所に行く | 毅然とした対応 | ・警告: やめてほしいことを明確に伝える ・ペナルティ: 好きなものを一時的に制限 ・タイムアウト: 静かな場所でクールダウン ・家族会議: 必要に応じてルールを話し合う ・常に落ち着いて対応する |
【スキル4】環境を整える工夫
お子さんが望ましい行動をしやすいように、周囲の環境を整えることもペアレントトレーニングで学ぶ大切なスキルです。
これは、お子さんの行動の「きっかけ(A:先行事象)」に働きかけることにつながります。
お子さんが何か課題に取り組む際、気が散るような刺激を減らしましょう。
例えば、着替えの時にはテレビを消すなど、集中しやすい環境を整えることが大切です。
感覚過敏のあるお子さんの場合、音や光、匂いに過敏に反応することがあります。
家では静かで落ち着いた環境を用意し、外出時にはイヤーマフや耳栓、フードなどを活用して、周囲からの刺激を軽減する工夫も有効です。
お子さんが次に何をすべきか、いつ何が終わるのかを視覚的に分かりやすく示すことで、不安を減らし、スムーズに行動できるようになります。
前述の「視覚支援」(絵カード、スケジュール表、タイマーなど)は、この環境調整の重要な一部です。
朝の準備を視覚的なチェックリストにするなど、お子さんの特性に合わせて工夫しましょう。
急な環境の変化は不安を招くことがあるため、事前にルールやきまりごとを説明し、見通しを立てさせてあげることも大切です。
環境調整は、お子さんの困った行動が起こる「前」に働きかける予防的なアプローチです。
例えば、気が散るものを減らしたり、視覚的な手がかりを提供したりすることで、お子さんが自ら望ましい行動を選びやすくなります。
これは、行動が起こってから対応するよりも、お母さんの精神的な負担を大きく軽減します。
問題行動が減れば、叱る回数も減り、お母さんのストレスも軽減されるという好循環が生まれます。
環境調整は、お子さんの行動を「変える」だけでなく、お母さんの「困った」を減らし、日々の育児をよりスムーズで穏やかなものにするための、強力なツールであると言えるでしょう。
ペアレントトレーニングで得られる親子のメリット
ペアレントトレーニングは、お子さんとの関わり方を変えるだけでなく、お母さん自身の心、そして家族全体の未来に、温かい光を灯してくれます。
お母さんの心が軽くなるメリット
ペアレントトレーニングは、お母さんの育児の悩みや不安を大きく軽減する効果が期待できます。
お子さんの行動の意味を理解できるようになり、適切な対応が取れるようになることで、イライラや戸惑いが減少します。
お子さんへの接し方が理解できるようになり、感情に左右されずに冷静で一貫した対応が可能になることで、育児に余裕が生まれるでしょう。
叱る場面が減り、褒める場面が増えることで、親としての自信が高まり、育児のストレスも大幅に軽減されます。
これは、お子さんの行動改善だけでなく、お母さんの精神的な健康にも深く関わってきます。
また、ペアレントトレーニングは少人数でのグループで行われることが多く、同じような悩みを持つ保護者との交流を通じて、「一人で抱え込まなくていいんだ」という精神的な支えを得ることができます。
実際に、「子育ての悩みを率直に話せる仲間ができた」「同じ経験を持つ保護者と出会えて心強かった」といった声も聞かれます。
知的障害を持つお子さんの子育ては、周囲の理解が得られにくく、親が孤立しやすいという課題があります。
ペアレントトレーニングは、単なる教育プログラムではなく、お母さんの孤独感を解消し、精神的なレジリエンスを高める「コミュニティ」としての価値も持つと言えるでしょう。
さらに、ペアレントトレーニングで学んだスキルは、発達障害のあるお子さんだけでなく、兄弟姉妹への関わり方にも活用でき、家族全体の生活の質が向上することが期待されます。
お子さんの成長を促すメリット
保護者の適切な対応により、お子さんの望ましい行動が増える傾向があります。
特に、適切な褒め方により、お子さんの自己肯定感が高まります。
親に褒められたと実感することで、自信につながり、自ら自分を褒められるようになります。
多くの情報源が、ペアレントトレーニングによってお子さんの「自己肯定感が高まる」ことを強調しています。
これは、親が「褒める」ことを通じて、お子さんが「自分はできる」「自分は価値がある」と感じられるようになるということです。
この内面的な自信こそが、新しいことへの挑戦意欲や、困難な行動を変えていくための最も強力な原動力となります。
単に親に言われたから行動するのではなく、自ら進んで成長しようとする姿勢が育まれるのです。
分かりやすい指示と一貫した対応により、お子さんは見通しを持って行動できるようになり、コミュニケーション能力が向上し、社会性が発達します。
パニックや困った行動が減少し、望ましい行動が増えることも期待されます 3。
また、適切なフィードバックを与えることで、お子さんは自分で考え、自己解決能力を養い、問題に直面した際に自ら対処できるようになっていきます。
これは、靴を履く、手を洗うといった身辺自立にもつながる重要な変化です。
日常生活での小さなやり取りがスムーズになることで、親子関係が良くなり、家族全体の雰囲気も明るくなっていきます。
ペアレントトレーニングは、お子さんの表面的な行動を変えるだけでなく、その心の奥底にある自己肯定感を育み、お子さん自身が「生きる力」を身につけていくプロセスであると言えるでしょう。
ペアレントトレーニングを始めるには?
ペアレントトレーニングは、お子さんとの関係をより豊かにし、子育ての悩みを軽くするための大きな一歩となるはずです。
ここでは、実際に始めるための具体的な情報をお伝えします。
どこで受けられるの?
ペアレントトレーニングは、全国各地の様々な場所で受けることができます 2。
主な提供機関の種類としては、以下のような場所が挙げられます。
- 病院や医療機関: 専門医や心理士が在籍し、診断と連携した支援が受けられる場合があります。
- 発達障害者支援センター・教育センター: 各都道府県や市町村が運営しており、比較的安価または無料で受けられることが多いです。
- NPO法人や民間事業所: 多様なプログラムや、オンラインでの提供を行っている場合もあります。
- 大学付属の心理センター: 研究機関としての側面もあり、最新の知見に基づいたプログラムが提供されることもあります。
- オンラインプログラム: 自宅から受講できるため、地理的な制約や時間の都合がつきにくい方にとって大きなメリットとなります。
探し方のヒントとしては、お住まいの地域の「福祉課」や「子育て支援センター」に直接問い合わせてみるのが確実です。
インターネットで「ペアレントトレーニング ○○県○○市(自治体名)」と検索してみるのも良いでしょう。
ペアレントトレーニングが、医療機関、公的機関、NPO、民間、大学、さらにはオンラインと、これほど多様な場所で提供されていることは、支援の広がりを示しています。
これは、子育てに悩む保護者の方々が、それぞれの状況やニーズに合わせてプログラムを選びやすい環境が整ってきていることを意味します。
多様なアクセス経路があることで、地理的な制約や時間の制約がある方でも、支援を受けやすくなっています。
プログラムの期間や費用は?
ペアレントトレーニングのプログラムは、提供機関によって期間や費用が異なりますが、一般的な目安があります。
プログラムの期間は、原則として隔週で1回につき2時間、全6回の連続講座で構成されていることが多いです。
全体で5回以上のセッションが推奨されており、1回のセッションの所要時間は90〜120分程度とされています。
グループでの参加人数は、効果を最大化するために4〜8人程度が理想的とされています。
費用については、行政機関が提供するプログラムは無料で受けられるところも多く、有料の場合でも1回2,000円程度と比較的安価です。
医療機関であれば基本的に保険適用外ですが、1回4,000円程度のところがほとんどです。
NPO法人や民間事業所になると費用は様々ですが、グループセッションの場合は1回2,000円〜6,000円、マンツーマンセッションになると1回5,000円〜10,000円が目安となるでしょう。
オンラインプログラムも、提供元によって費用は異なりますが、数万円程度のものもあります。
始める前に知っておきたいこと
ペアレントトレーニングは非常に効果的ですが、始める前にいくつか知っておきたいことがあります。
まず、ペアレントトレーニングは即効性のあるものではありません。
お子さんの行動がすぐに劇的に変わるわけではなく、日々の実践と継続が大切です。
焦らず、お子さんのペースに合わせて取り組むことが重要です。
また、「無視」という言葉について誤解が生じやすい点も挙げられます。
ペアレントトレーニングでいう「無視」は、お子さんが好ましい行動をしない場合に、「(注目を外して)待つ」という意味であり、ネグレクト(育児放棄)とは異なります。
お子さんの存在を無視するのではなく、不適切な行動にのみ反応しないという、愛情に基づいた戦略的な介入であることを理解しておくことが大切です。
プログラム終了後も、効果を持続させるためにはフォローアップが非常に重要です。
多くのプログラムでは、終了後2〜3ヶ月後に「フォロー回(振り返りの回)」が設定され、テキストを持ち寄って振り返りながら、再度褒めることの重要性をグループで確認し合う機会を持つことが強く推奨されています。
こうしたフォローアップは、学んだスキルを定着させ、日々の実践の中で生じる疑問や困難を解消し、継続的なサポートを得るために役立ちます。
おわりに
知的障害を持つお子さんとの子育ては、喜びも大きい一方で、時に大きな困難や孤独を感じることもあるかもしれません。
しかし、ペアレントトレーニングは、そんなお母さんの心に寄り添い、お子さんとの毎日をより豊かにするための具体的なヒントと、心強い仲間との出会いを提供してくれます。
このプログラムは、お子さんの行動を理解し、より良い関わり方を学ぶことで、お子さんの成長を促すだけでなく、お母さん自身のストレスを軽減し、育児への自信を取り戻すことにもつながります。
そして、同じ悩みを持つ仲間との交流は、何よりも大きな心の支えとなるでしょう。
完璧な子育てを目指す必要はありません。
大切なのは、お子さんの「良いところ」に目を向け、小さな成長を一緒に喜び、そして何よりも、お母さん自身が笑顔でいられることです。
もし、少しでも「ペアレントトレーニング」に興味を持たれたら、ぜひお住まいの地域の支援機関に問い合わせてみてください。
一人で抱え込まずに、支援の輪の中で、お子さんとの毎日を笑顔で歩んでいきましょう。